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たにまのひめゆり

この世に遺したい『レシピノート』

おばあちゃんの形見のレシピノート

その他

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おばあちゃんがのこしてくれたもの

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おばあちゃんのレシピノートのオリジナルを形見にもらいました。もっとたくさんあるのですが、みなで分けたので、わたしのところにはこの3冊がやってきました。これほど想いの詰まったノートがあるでしょうか。わたしはまだおばあちゃんがこの世にいる気がしてなりません。もっともっと聞きたいことがありました。親よりおばあちゃんに電話をすることの方が多かったので、何かあると、「おばあちゃんに電話!」と思ってしまいます。いまだに携帯の番号を消せずにいます。

祖父母の家の遺品整理

大正に建てた家なので、ものすごく古いのです。家の中はリフォームを少しずつやっていたみたいですが、とにかく開かずの間のようなところがいくつもあります。

おばあちゃんが下半身不随になってからは、移動できないので、そういう部屋がどんどん増えていきました。

ふだん2人が使っているところは限られていたので、そこに大切なものが置いてあり、みなで形見として分けることになりました。

それこそ、昔のひとなので、もったいないからといって、取っておくので、何が出てくるかわからない状態です。写真もそれはそれはたくさん出てきました。

祖父母の若いころのは、おばあちゃんの車いすの特等席から取り出せるところにありました。よく昔の写真を見せてもらいました。

おばあちゃんは若いころ、おしゃれさんで、宝塚の追っかけをしていたそうです(笑) そんな思い出をよく語ってくれました。

しかし開かずの間の押入れの中の段ボールにはおそらくおじいちゃんの両親か兄弟か、親戚?それか友達、おじいちゃんのおじいちゃんかおばあちゃん?それともその上?

誰だかさっぱりわかりませんでした。母も叔父も「う~ん」と唸ってました(笑)

写真などは捨てに捨てられずに残しておいたのでしょう。

どうなることやら、たいへんですね。

おばあちゃんの形見であるレシピノートの原本

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りんにくれたレシピノート以外のレシピがたくさんありました。料理を作れる間は、あたらしいものに挑戦していたんでしょうね。

以前、わたしはおばあちゃんに対抗して、じぶんだけの料理を作っていました。もちろんベースは本からで、調味料の加減をじぶんの好きなように変えていました。それをおばあちゃんに自慢したりもしていました。

「りんはおばあちゃんより料理が上手になったね」なんていわれて、有頂天になっていました(笑) 得意げに野菜の冷凍保存の方法などおしえてましたね。

3つの手帳以外に、コピーでもらったものがあります。これには日付ごとに作った料理が書かれています。わたしが好きで作ってもらった料理は主菜はこれ、副菜はこれと、何がつくられていたのか覚えているのですが、ぜんぶではありません。

このコピーされたノートをみて、おばあちゃんのマメさに母と笑ってしまいました。しかもそれぞれのノートに思い出?気持ち?メモ?などがちょこちょこと書かれているのです。

それにしても、几帳面な祖父母でした。

相手のことを思いやりながら、暮らしていたのはいうまでもありませんが、

仕事は仕事、家事は家事。生きるために必要なこと。

楽しくないからしたくないとかそういう基準ではなかったのでしょうね。時代は変わっても、変わらないものはあると思います。

だって、おじいちゃんとおばあちゃん、しあわせだっていってました。

そしてわたしもそばにて、しあわせでした。

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おばあちゃんのノートのメモ書き。わたしのことも書いてあります。おばあちゃん、わたしのことが大好きだったから(笑)

おまけ

今日はおじいちゃんとおばあちゃんのことをいっぱい想いだしたから、きっとそばにいるんだろうね。笑って見守ってくれてるはず。ありがとね。